私たちについて

minoliberaに込めた思い

人は誰でも、マイノリティな部分を持っています。例えば、口喧嘩が強いとか、金属アレルギーがあるとか、花粉症じゃないとか。

人より少し得意なこと、苦手なこと。多数派とは違う感じ方、こだわり、変なところ。それは弱みのように扱われることもあるけれど、本当は、その人がその人である理由そのものです。

そういうマイノリティな部分が、押し込められずに、解き放たれていく。一人ひとりの「違い」が、隠すものではなく活かせるものになっていく。そんな社会のほうが、豊かだと思います。

minoliberaは、そんな思いからつけた名前です。「mino」に、解放を意味する「libera」を重ねました。

可能性を、解き放つ

可能性が閉じ込められているとき、その壁は、案外自分の内側にあります。「こういうものだ」「仕方ない」と、当たり前を受け入れてしまっている。だから、その当たり前を疑うきっかけをつくりたい。

世の中は、一足飛びには変わりません。でも、変わるときの順番は、いつも似ています。まず、違和感に気づいた人が動く。その人たちが小さく動いているのを見て、「自分も動いていいんだ」と思う人が続く。やがて、それが当たり前になる。

minoliberaがやりたいのは、その最初のきっかけをつくることです。違和感に気づいた人が一歩を踏み出せる場所と仕組みを用意して、その動きを、少しずつ広げていく。

暮らしを、自分の手に取り戻す

これは、貨幣経済への小さな反抗です。

お金で買う暮らしは、便利で効率的で、これからも続いていく。経済の論理では都市が有利で、そこから完全に離れるのは得策ではない。それはその通りだと思います。

でも、すべてをお金だけに委ねる暮らしは、どこか苦しくないでしょうか。

たとえば、食べるもの。見沼田んぼの周辺には、自分で少し野菜を育ててみたり、米農家を手伝ったお礼に米を少し分けてもらうような暮らしがあります。貨幣経済から、指一本だけ抜け出してみる。「自分の暮らしは、自分でも作れる」という実感を、ひとつ持つ。

たったそれだけで、人はもう少し自由になれます。お金のためだけに選ばなくてよくなる。やりたい学びや、挑戦したい仕事に、一歩踏み出せる。

都心から30分圏内にこれだけの農地と緑が残る場所はほとんどありません。この「余白」のある場所だからこそ、その一歩を踏み出せる。minoliberaが、さいたま・見沼田んぼで暮らしの場所を一緒に探すのは、そういう理由です。

解放は、二つの場所で起きる

ひとつは、暮らしです。住む場所も、暮らし方も、本当はもっと自由に選べるはず。minoliberaは、さいたま・見沼田んぼの周辺で、その人らしい暮らしの場所を一緒に探します(不動産仲介)。

もうひとつは、働き方です。新しい働き方や事業が、古いルールに縛られて動けないことがあります。minoliberaは、行政と業界のあいだに立って、その制度を設計し直すお手伝いをします(制度設計・政策渉外)。

一見、別々の仕事に見えるかもしれません。けれど根は同じです。暮らしでも、働き方でも、人が自分の可能性を解き放てる場所と仕組みをつくる。それが、minoliberaの一貫したテーマです。

代表について

猪俣菜央。埼玉県庁、コンサルティング会社、フリーランス仲介事業を経て、minoliberaを立ち上げました。行政の内側と民間の現場、その両方を歩いてきた人間が、暮らしと制度の「変えられなさ」を、内と外から変えていきたいと思っています。

考えていること、研究していることは、個人サイトに綴っています。
暮らしの自治を、さいたまから(inomata-nao.online)